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大阪高等裁判所 昭和27年(う)212号 判決 1952年6月28日

控訴人 原審弁護人 岡田政司

被告人 高橋貞之助

弁護人 岡田政司

検察官 福田隆恒関与

主文

本件控訴は、いずれもこれを棄却する。

理由

本件控訴理由は末尾添付の各控訴趣意書の通りである。

一、被告人辻章の控訴理由について。

弁護人は、原審の科刑は不当であるから執行猶予の判決を求めると主張するけれども、所論を考慮に入れて記録に現われた諸般の情状を考察してみても、原審の科刑は相当であつて不当な量刑ではない。執行猶予の言渡のできるような情状は発見できない。

一、被告人高橋貞之助の控訴理由。

第一点。

第一について。

(一)弁護人は、原判決は本件偽造平和不動産株式会社増資新株式申込証拠金領収証の交付を幇助しまたはこれを交付した被告人の行為を偽造有価証券交付の幇助またはその交付と認定し該当法条を適用処断したけれども、刑法上有価証券というのは流通証券のことであると解すべきところ、本件領収証は増資新株引受申込の証拠として払込まれたその金額を受領した事実を証明する証明文書であつて、後日株式申込金領収書に代用され、新株券が発行された場合にこれにより新株券の引渡を請求し得るにすぎないものであるから流通証券ではない。しかるに原判決が本件領収証を有価証券と解したのは誤であると主張する。

凡そ、法律が有価証券という文言を使用している場合に、いかなる種類の文書を有価証券と解すべきかは、当該法律の目的に従つて解釈しなければならないことである。例えば、証券取引法においては同法第二条第一項に掲げるものをいい、殊に同項第九号の規定によると「その他証券取引委員会が公益又は投資者保護のため、必要且つ適当であると認めて証券取引委員会規則で定める証券又は証書」を包含しているのであるから、同法にいう有価証券と商法にいう有価証券とは、必ずしも一致しないものであること明白である。また民法と刑法とにおいても解釈の一致しない場合があり、人格権享有の始期についての解釈を異にしていることがその一例であることは、周知のことである。従つて、刑法上の有価証券の意義を解釈するに当つても、民商法上の解釈にのみ拘泥する必要はないものと思料する。最近、法律雑誌や経済雑誌において、株式申込証拠金領収証が有価証券であるかどうかが論ぜられているのは(ジュリスト七号及び九号、ダイヤモンド四十巻十八号)、すべて私法上の解釈論である。即ち、私法上有効な株式申込証拠金領収証については、これを有価証券と解するかどうかによつて、その名義人と転得者と会社との三者の間の法律関係の調整が異る結果になる。いいかえると、いずれの者の利益の保護に重点を置くかによつて、結論を異にしているものと認められるのである、ところで、刑法においては常に、私法上は何等の効力もない無効な証書を対象としているものであるから、右の三者間の法律関係の調整という問題は起きてこない。刑法においては、虚偽の証書に対して一般第三者が誤つて信頼を与えて、不測の損害を蒙ることを防止することを目的とする死者名義の私文書又は虚無人名義の私文書について偽造罪の成立を認めるのと同様の理由である。思うに、刑法が私文書偽造に関する犯罪の外に、有価証券偽造に関する犯罪を別に設けている所以は、一般の私文書と異り、証書が売買その他の取引の客体に供せられるいわゆる流通証券にあつては、それに対する信頼の危険が一層大きいからであると認められる。従つて刑法第百六十二条にいわゆる「其他ノ有価証券」に該当するかどうかを判断するには、同条に例示せられている証券と同程度に、取引界において事実上、転輾流通して取引されたものであるかどうかを調査すればよいものと考える。

原判決挙示の証拠によれば、本件平和不動産株式会社増資新株式申込証拠金領収証はその内容及び形式共に市場に流通する同会社の正規のものと酷似し、たやすく真偽の分別し難い程度のものであり、一般株式会社の増資の場合においても同様の形式内容の領収証を発行しており、かような新株式申込証拠金領収証は記名株券と同様に取扱われ白紙委任状を添付して取引する商慣習の存在することが認められる。即ち本件領収証には「本証をもつて払込金領収証に代え株券発行の上は平和不動産株式会社に於て本証と引換に株券を交付します」「本証をもつて新株券を発行するまで名義書換を御取扱い致します。本証の裏書譲渡は取扱いませんから売渡委任状を添付して下さい。」という文言が印刷されていて、株券引渡請求権を化体している外観を有し、また原審鑑定人京都証券取引所証券課長江崎忠次郎の供述するところによれば、増資新株式申込証拠金領収証は市場で株券と同様に流通し、新株と称せられ銀行でもこれを担保に取り譲渡方法には委任状によるものと裏書譲渡によるものとがあり、譲渡できるものとできないものがある、平和不動産株式会社の新株に譲渡できないものは本件犯行当時見当らなかつた。本件領収証は証券取引法第二条第一項第六号の株券又は新株の引受権を表示する証書には該当しないが、流通面では同一性質のものであることが明らかである。従つて先に説明した刑法上の有価証券に該当するものと解さなければならない。よつて、本件平和不動産株式会社増資新株式申込証拠金領収証を刑法上の有価証券と解した原審の法律解釈は相当である。所論は刑法の解釈に関しては独自の見解というの外はない。

(二)弁護人は、増資新株の権利義務は株式申込証提出の効果に基因するので申込証拠金領収書は法律上権利義務発生の要件とはなつておらず、証拠金を徴せずに株式の割当をなすも有効であり、証拠金を領収した後会社側で申込数以下の割当をしても差支えない。従つて本件領収証が株券引渡請求権行使に欠くべからざる証書と言えないから有価証券ではないと主張し、

(三)弁護人は、かつては商法上権利株の譲渡は禁止されていたのであるが昭和十三年の商法改正によりこれまで商慣習として行われていた権利株の譲渡を適法と認めたため証拠金又は株金払込領収証が発行せられ、裏書欄をも設け新株の名の下に流通するに至つたのである。しかし商法第百九十条第二項(昭和二十五年法律第百六十七号による改正前のもの)により発起人の権利株の譲渡は絶対無効と解せられて居るので、発起人の有する証拠金領収証は適法に流通させるわけにいかない。すなわち流通性がないから有価証券といえない。従つてこれと同一性質を有する本件領収証が市場に流通するということだけで有価証券であると認めるのは不合理である。しかも右領収証自体に流通性はなく白紙委任状と合体して初めて流通をもつのであると主張し、

(四)弁護人は、本件領収書には裏書譲渡性がなく、白紙委任状を添付して取引されているから有価証券ではないと主張し、

(五)弁護人は、株券については裏書譲渡性、公示催告手続をもつて失効させる方法を明定しながら本件領収証については準用がない。また盗取せられ紛失又は滅失した手形等については民事訴訟法の公示催告手続があるのに右領収証についてはかような手続は行われず会社側も便宜な取扱をしており、強制執行の実施された例もきかず差押方法を知らぬのである。以上の理由からも本件領収証が有価証券ではないことが明らかであると主張し、

(六)弁護人は、本件領収証は証券取引法第二条第六号「新株の引受権を表示する証書」ではない。かりに証券取引法上有価証券であつても刑法上有価証券とは言えないと主張する

以上(二)乃至(六)の論旨において主張するところは、全て私法上有効な株式申込証拠金領収証の性質に関する論議であつて、刑法上有価証券と認むべきかどうかを判定するに当つては、それ等の論議に拘泥する必要のないことは先に説明した通りである。

(七)弁護人は、原判決は本件領収証を有価証券と認定したが、右は本質上本件領収証が私文書であることを忘れ、領収証の流通性の原動力をなす裏書譲渡性の法律上の効力若くは白紙委任状の添付せられる法律上の根拠の究明をしなかつたからである。もし白紙委任状が添付せられなかつた場合原審はいかなる擬律をもつて臨まんとするかと主張する。

しかし、有価証券は全て本質上権利義務に関する文書で本件領収証が私文書であることはまことに所論の通りであるが、かかる本質を有するがゆえに私文書偽造であると主張するのは有価証券偽造に関する刑法の条章の存在理由を無視するものである。

なお、本件領収証に白紙委任状が添付されなかつた場合を予想して論議しているが、仮定の事実に対して判断を示す必要はない。

第二について。

弁護人は、原判決は被告人が本件領収証の偽造の事実を知つていたと認定したが、被告人は原審公判で本件領収証を見ていないし本物と思つて渡したと述べ、原審証人本田も原審公判で偽造とは知らなかつたと述べているので検察官に対する本田の供述(検第十四号)は措信し難い。原審証人内田の供述では被告人の知情は認められないし、被告人辻の供述は推測にすぎない。被告人高橋の金川検事に対する供述調書は原審第三回公判の大江証人の証言を参酌すれば任意性が疑われる。被告人は僅少な手数料をとつていたにすぎないし多年証券業界の経験を有する者がかような僅少の手数料で犯行に及ぶとは考えられないと主張する。しかし、原判決挙示の証拠を綜合すれば被告人が本件領収証が偽造であることを知つていた事実を認めるに充分である。記録を精査してみても被告人の弁解を採用するに足る証拠は一つもない。

原審証人本田恒宏は原審第二回公判で検察官の「その領収証は偽造だと高橋から聞いたか」という問に対し「それは値段が安いから大体偽造ではないかと思いました」と答え、「偽造かどうか念を押したか」と問われ「どうだか覚えません」と答えているのである。次いで検察官から「高橋から偽造領収証だと聞いた旨検察官に述べているがどうか」と聞かれ「聞いた様に申しましたが斯う言うものと違う話だと思つて言つたのです」と答えているので右各供述を綜合すると検甲第十四号検察官に対する本田恒宏の供述調書中の「高橋に会い何かよい話はないかと尋ねたところ平和不動産の新で偽造か担保流れに勝手に委任状をくつつけた様なのがあり相場の二割位で取引するがどうかという話が出た」という供述が真実に合致し、原審がこれを措信したことは正当であると考えられる。次に、被告人辻の原審第二回公判の供述は本件の取引で同被告人が実験した事実に基ずいて推測した事項の供述であるから証拠能力が与えられているのである。原審証人内田礼蔵は被告人高橋は本件偽造領収証を偽造であると知つていたと思うと述べておる。金川検事に対する被告人高橋の供述調書については同被告人も弁護人も原審第八回公判でこれを証拠とすることに同意しているし、原審証人大江正一の証言によれば同人は警察で右被告人を取調べた司法巡査で当時の模様について供述しているのであるが、右供述によれば右被告人は既に警察において任意自供していたことが明らかである。たとえ警察における自白が強制に基ずいていたとしても、これがために直ちに検察官に対する右被告人の供述調書の任意性が疑われる理由はない。殊に原審第八回公判調書によれば裁判長は右被告人に対し右供述調書が任意な供述によるものであることを確かめているのである。記録を精査しても任意性の疑われるような証拠は一つもない。たとえ右被告人が本件犯行によつて得た手数料が僅少であつても同被告人の知情を否定するわけにいかない。論旨は理由がない。

第二点について。

弁護人は、原審の科刑は過重であると主張するけれども、所論を考慮に入れて記録に現われた諸般の情状を考察してみても、原審の科刑は相当であつて決して過重ではない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 斎藤朔郎 判事 松本圭三 判事 網田覚一)

弁護人岡田政司の控訴趣意

第一点判決に影響を及ぼすこと明白なる事実の誤認に基くものである。

第一有価証券にあらざる平和不動産株式会社増資新株式申込証拠金領収書を有価証券と解し因つて被告人は富士銀行名古屋支店名儀を冒用した右領収書の交付を幇助若しくは交付の犯行に及んだものと事実を誤認せる失当あるものと信ずる。

(一)大審院判例並に学説は刑法の処罰の対象とする有価証券の定義として文書に表示された権利の実行又は処分が文書其のものの占有を必要とする流通証券であると掲げて居り反対説あるを聞かぬ(明治四二年大審院判決録第二〇五二頁同年同第二六一頁大正四年同第二二〇二頁大正五年同第七三六頁参照)。大審院の判例で有価証券と認めた証券類を検討すると、約束手形(前掲刑事判決録判例)、小切手(明治四年刑事判決録第一一九六頁掲示判例)荷為替(明治四四年同第七二二頁掲示判例)鉄道乗車券(大正三年同第二二〇〇頁掲示判例)電車乗車券(大正四年同第八三六頁掲示判例)貨物引換証(大正二年同第七三三頁掲示判例)電信為替証書(大正一一年同第三〇三頁掲示判例)鉄道無賃乗車券(大正五年同第七三二頁掲示判例)であり学者は公債証書(各種の国債及び地方債証書)官府の証券(大蔵省証券、郵便為替証書)株券、社債券、寄託物預証券、質入証券、船荷証券、手形類、商品切手、食堂食券、浴場入浴券等を有価証券の類例に挙げて居る反面に銀行券は其の性質上有価証券であるが刑法の所謂有価証券より除外さるべきで明治二十八年法律第二十八号通貨及び証券模造取締法、明治三十九年法律第五十一号紙幣類似証券取締法の取締の対象であり又郵便切手印紙は権利の移転行使に必要でないので有価証券でなく契約書の作成と同時に契約の成立を来たす契約証書権利の発生に必要とする所謂発行証券、債務履行に当り債権者を知る便宜の為作成する履行証券例ば下足札運動会等の入場券の如き非財産的証券も亦有価証券でないと説明されている。刑法面のみならず私法面特に商法(第五百一条)に於ても学者は有価証券の意義に就いて財産権を表象する証券で其の権利の利用と証券の占有とが私法上分離し得ない関係にあり尠くとも権利の移転が証券の移転を伴うものと定義し証券は権利として証券自体に価格を有する処から有価証券の名称が生れたので証券即権利であり権利即証券であつて権利が証券に化体されたものとする解説は刑法学説と同一である、権利の利用と証券の占有と絶対的に分離し得ないものを完全有価証券(絶対的有価証券)と権利の利用の或る場合にのみ証券の占有を必要とするもの即証券に表象の権利は証券に因り発生するのでないが証券作成後権利の移転は必ず証券の移転を要する記名株券記名社債券の如き不完全有価証券(相対的有価証券)、手形の如き表象する権利が原因を要件とせざるものを不要因有価証券と貨物引換証の如き表象する権利は原因たる行為と関連するものを要因有価証券又善意の取得者が其の証券に記載の文言に従つて其の権利を得義務者は証券に記載のない事項で前権利者に抗弁し得たものを之に対抗し得ない性質の形式権的(証券的)有価証券と善意の取得者に対しても証券に記載のない実質権を対抗し得る効力ある実質的有価証券更に貨物引換証、倉庫証券、船荷証券の如き証券の引渡が商品の引渡と同一の物権的効力を有する物権的有価証券(引渡証券)と手形の如き普通の債権を内容とする債権的有価証券並に株券の如き社員権を内容とする社員権的有価証券、権利者を指定する方法に依る指図証券、無記名証券、選択無記名証券に分類され発行者の地位より国家証券(国債証券)公共団体証券(市債券町村債券)私証券(社債、手形)に証券に表象の権利より金銭(手形)物品証券(貨物引換証)に発行の形態より多数証券(国債証券、社債証券)各個証券(手形、貨物引換証)に証券の独立又は附属の関連性より本証券と枝証券(公債利札)に証券の作成が権利の発生に必要であるか否かの観点より設権的証券非設権的証券(設権的証券の悉くは有価証券でなく有価証券の多数は設権的証券であるに過ぎぬ)に分類する方法が講学上採用されて居るが素より前示定義の上に立つての問題である。然らば前示平和不動産株式会社増資新株式申込証拠金領収書は前示定義に合致する右範疇の孰れに属する有価証券と謂うにありや、(以下単に領収書と略記する)領収証は金額表示の次欄に但書として何株分(壱株に付金何円)と掲げ「右申込証拠金は払込期日に増資新株式払込金に振替充当し本証を以て払込金領収証に代用する」と附記し「右金額正に領収した」と明記され申込証拠金領収者から同払込者宛になつて居り新株券受領証用紙を連続させその欄外注意書として「本証書は後日新株券と引換する故紛失せざる様注意を要し(株式出来次第引換期日を通知する)切離すと無効である」と顕はされ居る……普通一般の領収証は右形式になつて居るのであるが稀に裏面に裏書譲渡欄を設けたものも散見されるのである……以上の形式に因り領収証に表象された権利の内容をいかに解すべきであるか増資新株引受申込の証拠として払込まれた某金額を受領した事実の証明を為す証明文書が主体となつて居るのであるが後日増資新株の割当が行われ其の株金払込を要する場合申込証拠金を之に振替充当し株金払込金領収証に代用され更らに後日新株券が発行されて引換期日が定められた場合に之に因り新株券の引渡を請求し得る旨の新株券引渡請求権の表象が果して不完全若しくは完全要因実質権的設権若しくは非設権債権的社員権的或は指名証券又は私証券多数証券に分類可能の有価証券としての本質を有して居るかの問題である。

(二)増資新株の引受割当株金払込の権利義務は株式申込証提出の効果に基因するので申込証拠金払込の如きは法律上右権利義務発生の要件として居らぬのである、証拠金を徴せずに株式の割当を為すも有効であり百株の新株引受の申込を為し之に対する会社所定の証拠金を払込んで其の領収証を受取つても其の後会社が僅かに五拾株の割当を為したに対し苦情は謂へぬので会社は法律上申込に拘束されて居らず割当は有効であつて百株の領収証と五十株に対する申込証拠金を返還し新たに割当五十株に対する株金払込領収証と後日株券発行に当り新株券五十株分を引渡す旨の証書とを作成し交付しても何等差支はない筈である故領収証を以て株券引渡請求権行使にかくべからざる証書と解するのは当らぬのである。即ち領収証は本質上有価証券でない。

(三)従前から正規に株券が発行される前(通常設立登記又は資本増加登記前)に株式の引受を為した者が会社に対して有する権利義務の総体を称して権利株と名付けて第一回株金払込領収証若しくは証拠金払込領収証に譲渡人の白紙委任状を添付し譲受人が直接会社から株券の交付を求める行為の適否に関し旧法(昭和二十六年七月一日より施行昭和二十五年法律第百六十七号商法の一部を改正する法律及び昭和十三年商法中改正規定前の規定を指称)第百四十九条但書(第二百十七条第三項)の存して居つた時期にあつては尠くとも本店所在地に所定の登記が為される前の所謂権利株の譲渡は法規違背の無効行為で譲渡の商慣習を容認する余地はなかつたので領収証の如きは流通性がなく従つて有価証券として認め得なかつたのである。新法(昭和十三年商法中改正規定を指称)第百九十条第一項(第三百七十条第一項)第二百四条の改正に依り会社以外の当事者間の譲渡の効力を是認されたので白紙委任状付権利株譲渡を適法の商慣習として肯認され得ることとなり時に裏書欄を設けた領収証が発行されるに到つたのであり株式市場上単に新株の名称で上場取扱が行われる様になつたのである。但し大審院判例は旧法下に於て新株の引受人が新株券発行以前に於て第一回株金払込領収証に白紙委任状を添付するときは白紙委任状付記名株券と同様に看做され転輾流通し得る慣習は公の秩序善良の風俗に反するものに非ざるが故に有効なりと謂わざるべからず」(判決抄録第二六巻第五一九頁参照)として譲渡行為の当事者間の効力を肯定して居つたので(領収証若くは白紙委任状付領収証を有価証券と認めた趣旨でない点に留意を要するのであるが)領収証が取引市場に株券同様の流通性を認められて居る理由を以て有価証券と誤解する向を生じた様であるが新法第百九十条第二項の規定に依り発起人の権利株の譲渡は絶対無効と解せられて居るので発起人の有する株金払込領収証又は証拠金領収証は白紙委任状添付の譲渡を適法の商慣行として容認し難かるべく流通性を欠き有価証券として取扱い得ないものがあることになり同一性質の領収証に拘らず市場流通の慣行の有無に立脚するとせば一は有価証券となり一は然らざる不合理に陷入るのである。加之取引の実際面に於て所謂領収証自体では流通性がなく株券受領並に名儀書替の為の白紙委任状と合体し初めて取引市場流通性を生じて居るので此の点から観察しても領収証自体は有価証券の性質を有せぬのである。

(四)茲に於て領収証自体に裏書譲渡性があるか否かの問題を生起されるのであるが新法第百九十条第一項は権利株の譲渡は「会社に対し其の効力を生ぜず」と規定して居り「対抗することを得ず」として居らぬので専ら会社の基礎を慮つた公益に関する規定で会社の方からも有効を主張し得ない趣旨と解せられて居るのが通説である。会社が右公益規定を無視し予め権利株の譲渡を認めざる限りは裏書譲渡性を有効と為し得ないのは当然で領収証に裏書欄が設けられてあつても適法に利用し難いものである。普通に領収証を流通する為に白紙委任状二通を添付し一通を株券受領に一通を株券の名儀書替に使用する形式の採用されて居る所以で領収証が有価証券でない一証左に外ならぬ。

(五)有価証券である株券に付いて新法第二百五条に裏書譲渡性を同第二百三十条に公示催告手続を以てする失効方法を明定して居るに拘らず領収証に之が準用を為して居らぬことは商法会社編に於て領収証の如きを有価証券として居らぬことを明認し得る処である。盗取せられ又は紛失若しくは滅失した手形其の他商法に無効と為し得べきことを定めた証書(民法施行法第五十七条明治四十四年法律第七十三号改正商法第二百八十一条第二百八十二条新商法第五百十八条第五百十九条第二百三十条参照)即ち有価証券の失権に付民事訴訟法第七百七十七条以下の規定に依る公示催告手続を要することとされている。領収証が有価証券であるとすれば公示催告の手続に依るにあらざれば株券の交付を受けられぬこととなるのである。実際に於て会社は領収証の紛失等に対し公示催告手続に依る失権を要求して居らず添付証明参考資料の如く大会社は定款に然らざるものは予め定めた内規若くは紛失証明書を徴する等便宜取扱方法で株券の交付を為して居り裁判所も誤つて受付た場合があれば格別領収証の公示催告の申請を許容した実例はない筈である。他面執行裁判所又は執行吏に於て疑義なく領収証を有価証券若くは記名なる有価証券と認め民事訴訟法第五百八十一条第五百八十二条第六百三条等の規定に依り強制執行を実施された多くの例を聞かず差押の方法を知らぬのである。

(六)領収証は証券取引法第二条第一項第六号の「新株の引受権を表示する証書」に当り有価証券として取扱わるべきものだと説を為す者がある。然しこれも甚しい誤説で領収証は直接株式申込証の如く新株の引受権を表示する証書でなく株式市場で取引の対象となる会社が資本増加に際し定款又は総会の決議に因り旧株主に新株引受の優先権を与えた場合に発行する証書を指称するのである。右説に従うとすれば新株式申込証拠金領収証は有価証券であるが新株と関係のない株式申込証拠金領収証又は株金払込領収証は有価証券とはならぬこととなる様で同一性質の証書を一は有価証券とし他を然らずとする理由と根拠を知るに苦しむものである。千歩万歩を譲り領収証が証券取引法で有価証券と認められたものとするも同法は普遍的に有価証券の定義を与えたものでなく同法の支配する業界に於て有価証券として取扱う証書類を指定したに過ぎぬのであることは同法第二条第九号第三条の規定に徴し明白で刑法其の他の法律で有価証券より除外さるべき証券類でも換言すれば本質上有価証券でなくとも証券取引法の支配する限界に於て有価証券とすると定めたに外ならず証券取引法で有価証券と定められたものは必ず刑法上有価証券と認めなければならぬ理由はなく同取引法上有価証券の埒外のものでも本質上有価証券であれば刑法面で取締の対象として何等不合理はない筈である。水産業界の取締便益から水棲の鯨又は海亀等を鮫鱶等と同様魚族の取扱を為すと定めたからとて学界で鯨も海亀も魚類と認めなければならぬとは謂え得ないと同理である。

(七)以上を要約するに原審判決は鯨を魚類と誤解せるにも等しい浅見を以て偽造の面の取締糺彈に急なる余り取引市場の慣行にのみ眩惑され本質上私文書に過ぎぬ領収証を以て漫然株券と同様の有価証券と即断した見解に基いて起訴された訴因に対し深く文書の実体を検討することなく市場取引の対象となつて居る領収証の流通性の原動力を為す領収証の裏書譲渡の法律上の効力若くは領収証に白紙委任状の添付せらるる法律上の根拠を究明することなしに本件領収証を有価証券と認定したのは此の点に於て事実誤認あり偽造私文書交付罪の規定なき限り本件は無罪の言渡あるべきものと信ず。因に領収証の裏書譲渡性は無効であり白紙委任状が添付されて居らぬとすれば領収証自体は実際上市場流通性を有せぬので必然真正領収証に白紙委任状を偽造添付し利用する場合領収証並に白紙委任状を共に偽造し利用する場合行使の目的で裏書欄を設けぬ領収証が偽造される場合等を予想し得るのであるが果して原審はかかる事実に対しいかなる擬律を以て望まんとするか推測に苦しむものである。

第二被告人は偽造平和不動産株式会社増資新株式申込証拠金領収書と知り之が交付又は交付の幇助の行為に及んだものと判定されて居るのであるが被告人は偽造の事実を知らなかつたもので此の点に就いても事実誤認の失当あるものと思料する。被告人は原審第二回公判に於て「私は大阪市天王寺区阿部野橋の木村喫茶店で辻を本田に紹介した丈であり偽造の証拠金領収証は見ても居りませぬ」旨(記録第七六号)及び第六回公判に於て「偽造の平和不動産増資新株式申込証拠金領収証とは知らず本物の領収証と思つて渡した」旨(同第六七九号)弁解しているのであるが原審は其の判決摘示に依れば領第六六号六乃至三五の証拠物件原審相被告人本田の証人及び被告人としての公判供述同被告人辻の同上原審証人内田礼蔵の公判供述並に右辻の検察官に対する第三回供述調書右本田の検察官に対する供述調書(検第百号)検事金川歓雄に対する供述調書被告人高橋の同検事に対する供述調書の各記載を綜合し前示弁解を排斥して居るのである。然るに被告人本田は「偽造とは知らなかつた」旨(原審第六回公判供述記録第六七九丁裏)弁疏して居り原審証人としての証言検第一四号と対照すれば甚しく齟齬し被告人高橋の右知情の証拠として有力視難いものであり証人内田の証言内容も「百株券一枚三十円位なれば話してやるが然し此の新株については責任は持たぬと申して置いた」旨(記録第八七〇号)に止まるものである又右被告人辻の原審公判の供述は「高橋に偽造であることを打ち明けるも打ち明けぬもないその前後の事情で同人は当然偽造であることは判つていた筈で偽造であることを打ち明ける迄もなかつた状態でした」旨(原審第二回公判調書記録第七五丁)の推定に過ぎぬものであり前記証拠物件も亦原審鑑定人磯谷璋次の「本物とよく似て居るが」云々の供述(記録第八五一丁)に依れば直ちに知情の資料と認め得ぬのである。従つて残る処は多年証券業界にありて其の取引の経験者である点本件取引の当時真正平和不動産増資新株式申込証拠金領収書が一株百二三十円で売買取引の対象とし取扱われて居つたに拘らず僅かに金三十円で金策の担保に使用された点を前記知情の裏付とした被告人高橋の金川検事に対する供述調書の証拠価値であるが原審第三回公判に於ける証人大江正一の証言を参酌する時は果して任意供述に基くものなりや否や其の信憑力を疑わざるを得ないもので被告人が証券取引所所定の委託手数料に準じ一株金二円二十銭の僅少なる手数料の収受に甘んじて取引の仲介に奔走して居つた事実に徴すれば寧ろ被告人の弁解を素直に採用すべきものであり多年証券業界に経験を有する被告人が不正危険なる領収書と知りつつ僅微なる利益の為敢て犯行に及んだものとする原判決は事実の洞察を誤りたるものである。

弁護人岡田政司の補充控訴趣意

肩書被告事件に付曩きに提出の控訴趣意書に記述の平和不動産株式会社増資新株式申込証拠金領収証は有価証券の本質を有するものでないとの見解に対する御検討に左記資料を参考に供せられ度く上申に及びました。

(一)ジュリスト誌一九五二年四月一日号(第七号)三〇頁 株式申込証拠金領収証に関する法律問題

(二)同誌同年五月一日号(第九号)一三頁 株式申込証拠金領収証について-松本烝治博士

(三)同誌同年六月一日号(第一一号)二一頁 新株引受権の譲渡

右誌上の研究論議は東京地方裁判所昭和二五年(ワ)第五〇七六号事件(昭和二七年一月二八日言渡)の判決に於て、(一)白紙委任状つき領収証の譲渡の商慣習を認むる、従つて其の譲受人は善意取得者であつて商慣習に因り株券を取得する。(二)領収証は除権判決手続をとることができない種類の証書であり、慣習的な勝手な方法では之を無効とすることはできない。従つて会社は此の方法を採つたことに依り紛失の領収証の譲受人に株券を引渡すことはできない。とした要旨換言すれば領収証は商慣習による有価証券と認めるが、特定の種類の証書に限り特定の手続で証書を無効に出来ると云ふ強行法がある以上之に反すると効力がないので、無効宣言をする手続はない。とする断案に端を発したもので、刑事問題としての論議ではないが、領収証の本質の究明に好個の資料と存じますので是非とも御一読を乞うものであります。石井東大教授等は株金の分割払制度が廃止され全額払込で申込証拠金を収めると申込の時に発行価額の全額が払込済となるにも拘わらず、終戦直後株券の印刷に非常に時間を要する事情にある処から投資者が自衛的に投下資本を回収し資金を固定せしめず、且つ変動の激しい株価に即応し売買を行う必要を生じ、領収証を売買の対象とし株券と同視する様な商慣習が自然に出来たのであつて、株式の自由譲渡性を強行法的に保証した精神から新法の下に於て、商慣習を認め領収証に有価証券性を是認すべきでないかとの見界に立つて、其の理論構成を種々検討論議されて居らるるものと解せらるるのである。株券が発行さるべき合理的の時期に株券が発行されぬ場合即ち(一)一般的に株券を発行すべき時期を過ぎて発行されない場合(二)現実には一般的に株券を発行して居りながら特定人に対してのみ発行して居らぬ場合は一般的に株券の発行される時期に領収証の証拠証券免責証券である法律的な拘束がとかれ株券発行交付請求権の表彰された有価証券となることが予め定められたものとして有価証券と解し支障ないのでないかと立論されて居るが、証拠証券若しくは免責証券であつたものが一般的に株券を発行すべき時期に発行されない場合に有価証券に変ると謂う理論根拠としては独創的で薄弱とされて居る様であり、松本博士は前示第一一号に於て有価証券と解することの不合理を難詰されて居らるるのである。同博士の株式証拠金領収証が市場で盛んに流通されるにいたつたのは、戦争末期以来の株券印刷能力の衰退と其の後の会社新設並に増資の殺到との非常的事情に基いて生じた一時的の変態現象で株券印刷事情の改善された今日に於て殊に改正前の増資手続に関する規定を削除し新株の発行に関する新規定(二八〇条の二以下)を以てこれに代えた改正法の下に於いては、株券の発行は証拠金払込後間もなく為されるのであつて証拠金領収証を株券に代用して授受し、これを流通せしめた従来の慣習は変更されるべきであると考える旨の高見と株券は要式証券であり、発行に付いて時期の定めがあり、喪失の場合に無効とする手続等厳重の規定(商法二〇五条二〇六条二二五条乃至二三〇条)があることに対照すれば慣習法によつて株券と同一効力を有する証券と認めることは不可能である旨看破され、証拠金領収証の流通を助長せんとするが如き学説には到底賛成しかねると論断されて居ることは最も留意すべき点と思う。因に同誌第九号に裁判所が領収証に付いて除権判決をやつた実例として福岡簡易裁判所に於て昭和二十五年三月十五日七件大垣同裁判所一件同裁判所は昭和二十六年一月及び六月各一件福岡同裁判所に於て昭和二十六年三月二十五日一件金沢同裁判所に於て同年三月三十一日翌四月十一日各一件を挙げて居るのであるが松本博士は違法の手続であると明言されて居るのである。

尚お証券取引所仲裁係長星野孝氏は右第九号誌上に証券投資大衆を保護するための取締法としての証券取引法のいう有価証券と実体的のいう有価証券とには根本的な差異があると思う。証券取締法は大衆の売買や応募の対象となる権利を大衆から守るということが主眼なのであの法律の第二条第二項をみても、証券の発行の有無は問題にしていないということがわかる。と意見を開陳せられ居らるることは曩き提出の趣意書の愚見を頗る簡潔明快に根拠と理論付を為された観があり御再考を乞うものである。本件被告人と同一事案に就いて言渡された判決に服罪した者があることの処置は裁判の適性公正と裁判上の法理論の運用とが将来に及ぼす影響の軽重と同一に論ずべきものではなく別個に取扱うべき問題ではないのである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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